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 ◇人、土、村づくり胸に
 標高500メートルの神石高原町古川集落は今月、銀世界に染まった。有機JAS認定農家、田辺真三さん(40)のハウス内は加温なしで平均10度前後になり、青菜が育つ。鶏舎では、平飼い、自家配合飼料で1500羽が有精卵を産み落とす。田辺さんは東京・新宿区出身の研修生、加藤正雄さん(26)とコマツナを収穫、袋詰めしてコンテナに積み込んだ。
 農産物の一部は“本物の味”にほれこんだ広島、福山市などの契約レストランや有機農産物専門店に。他は毎週土曜、田辺さんがハンドルを握り約50キロ離れた尾道、福山市内の消費者グループ「かたつむりの会」の母親らを通じて、約60家族の食卓に運ばれる。
 父省三さんは70年から、人の健康も動植物もむしばむ農薬防除や、減反を進めながらアジア、アフリカの子供らを飢餓に追い込む農業近代化に疑問を持ち、今では欧米にも広がった有機農業・産消提携運動に取り組んだ。
 三重県の農業高などで学び、スイスでも見聞を広めた田辺さんは94年2月、古里に帰り、事故で亡くなった省三さんの跡を継いだ。農薬や化学肥料、化石燃料に依存した慣行農法に疑問を感じ、動物の糞をたい肥にする、田畑の周囲に大豆を植え地力を高めるなど、循環型経営を続け、研修生20人余りも受け入れた。この間、国や自治体が進める農地集約化など補助金農政は耕作放棄地を広げ、営農や加工・販売の指導者は激減。昨年、神石高原町は県内市町で初めて「有機農業推進計画」を策定し、この分野に目を向け始めた。
 そして、東日本大震災。原発事故の放射能汚染で古里から切り離され、悲観して自死に追いこまれた農業者もいる。田辺さんは省三さんが常々話した言葉を思い起こした。「人、土、村づくり。有機農業は隣人愛の実践」「生産者と消費者は仕(つか)え合って生きている」
 妻千裕さん(37)と小学校入学前の2人の娘を持つ田辺さんは「父の言葉を思い出すだけで、あと30年は頑張れる」。今春、集落(約15ヘクタール、20世帯)ぐるみで有機農業法人づくりに踏み出す。それが、人(新規就農者)を育て、土(農地)を守り、村(こころ豊かな地域)づくりにつながる、と信じている。【中尾卓英】
   ◇ 
 東日本大震災から来月で1年。少子高齢化した県内の中山間地と、古里を離れた仮設住宅などの避難生活や放射能汚染に直面する被災地の苦悩は、決して無関係ではない。「次代の力 第2部」では、「住み続けたい地域」「限界集落の再生」を掲げる神石高原町から、農や食、福祉などの分野で自立したまちづくりに取り組む人々を紹介し、被災地再生、今後の日本社会のあり方のヒントを探る。

2月14日朝刊



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120214-00000235-mailo-l34
※この記事の著作権は配信元に帰属します。



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プロフィール

原発見守り人

Author:原発見守り人
南相馬市に親戚がいる40既婚男です。
毎年車で遊びに行くので、福島第一も第二もドライブ途中の風景でした。
それが今では日本全体を揺るがす場所になってしまったとは今でも信じられません。
原発情報を発信しながら早く平和な土地に戻ってくれることを切に願っています。
(写真はアクアマリンふくしまのシーサー君)


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